2014年6月17日 6時12分。私と恋人は東京駅発の山形新幹線に乗り込んだ。余命3ヶ月と言われた父に「娘の花嫁姿」を見せるためだ。

フォトスタジオでブライダルフォトを撮る。そこへ、入院中の父が外出してやってくる。そして「私たちの結婚を許してください」と言うつもりだった。


しかし、度重なる試練が襲いかかった。


山形新幹線が行き先変更になってしまった。

当日の朝、父は40度の熱が出てしまったため外出の許可が下りなかった。

フォトグラファーも予定が詰まっているため、遅れる場合は撮影できないと言った。


「もう絶対に無理でしょう」
「諦めよう」


こう言っても誰も責めなかったはず。


でも、もう一人の自分が言った。


「できるよ、できる」

「計画通りじゃなくても、一番良い方法を考えよう!」

「末期がんの患者さんだもん、病状の変化は想定内のはずでしょう」


看護師としてのもう一人の私が背中を押してくれた瞬間だった。


もちろん、家族やフォトスタジオ関係者の皆さま、病院スタッフの多大なる努力の結果達成できたこと。感謝してもしきれない。

しかし、すべての根源は強い覚悟からくるものではないかと思っている。

「絶対に父の夢を叶える!」

この強い想いが奇跡を起こしたのだと、私は信じている。

467号室、四人部屋。当日の急なお願いにも関わらず、病室を丸ごと一つ綺麗に片付けてくださいました。
父は、鎮痛・解熱剤で体調を調整してもらいました。車椅子で院内なら可能、と主治医より許可をいただきました。新郎新婦、カーテンに隠れてこっそりお着替え。対面まであと少し。
ご対面。
一度も父が泣いた姿を見たことはなかった。
父が娘を大事に思う気持ちを語ってくれた。「ひとみ」と言う名前の由来も教えてくれた。どれだけ大事に育ててくれたのか、本当の意味で始めて知った。
病気のせいで、父の声はかすれていた。この声をもっときちんと覚えていたかった。
「娘を頼むよ。信じている」
父は亡くなったが、この時にくれた言葉を胸に今、私は生きています。
父は言った。「こんな感動することがあるなんて、生きていて良かった」と。

この感動をたくさんの方に味わってもらいたい。

「病気だから○○できない」

と諦めようとしている方がいるのなら、私がそっと背中を押す存在になりたい。
いつも、思っています。



▼詳しいストーリーはこちら。
【末期がんの父に贈った病院ウエディング】めげない心が起こした奇跡
(アラサー・独身・夢なし・カレシなしの女子が、「誰にも負けない道」を見つけるまでの奮闘記!)

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